最終更新日 2026年8月3日
8月1日を迎えるにあたり、長岡空襲により亡くなられた1,489人の方々、並びに日中戦争及び太平洋戦争の戦地で亡くなられた8,996人の方々の御霊に、謹んで哀悼の意を捧げます。
また、このたびの熊本地震で亡くなられた方々に対し、深い哀悼の意を表するとともに、被災地の一日も早い復旧・復興をお祈り申し上げます。
昭和20年8月1日、一夜にして長岡のまちが変わり果て、多くの尊い生命を奪われ、人々に大きな傷跡を残したあの日から81年の歳月が流れました。大切な家族や友人を一瞬にして失った、辛く悲しく、忌まわしくも決して忘れてはならない出来事。そのような長岡空襲の惨禍から、先人たちは悲しみに暮れる間もなく立ち上がり、並々ならぬ努力によって復興を成し遂げました。昭和59年、議会議決の下、長岡市は「非核平和都市宣言」を行い、先人たちの戦災体験を次の世代に引き継ぐことを使命とし、平和を希求する歩みを進めてまいりました。
しかし、世界では戦禍が絶え間なく、こうしている今も、罪もない尊い命が奪われているかと思うと、大変胸が痛みます。いかなる理由があろうと、戦争はいけない、そう強く発信することは、県内唯一の大規模戦災都市であり、大きな痛みを被った長岡市の使命です。
時が経つにつれ、戦災体験を語り継ぐ方が少なくなる中、次代への継承は大きな課題です。現在、長岡戦災資料館では8人の方が語り部として活動されていますが、空襲を経験された生の声は、どんな情報よりも私たちの心に深く響きます。戦争の悲惨さと平和の尊さを伝えるためにも、私たちは、若者が「自分ごと」として史実を知り、体験者の声を聞く機会をこれからも作り続けていかなくてはなりません。
本年5月、長岡戦災資料館は爆撃中心点に隣接する旧互尊文庫へと移転し、リニューアルオープンいたしました。新設された「祈りの間」で殉難者の方々の遺影と静かに向き合い、奪われたかけがえのない人生に想いを馳せるとき、私たちは戦争の残酷さを痛烈に実感いたします。この深い追悼の念こそが、空襲の史実を他人事ではなく「自分ごと」として捉え、平和の尊さを学ぶ原点となります。新装された資料館を多くの市民の皆さまに利用していただき、未来を担う若い世代が学ぶことで、次代へと記憶を語り継ぎ、恒久平和の思いを発信してまいります。
明るい未来を子供たちに手渡せるよう、過去から学び、行動を起こすことで、必ずや進む道が光に満ちたものになると確信しています。長岡から平和の灯を拡げていくために、たゆまぬ努力を続けていくことを、戦争で亡くなられた御霊と復興に尽力された先人にお誓い申し上げ、私のあいさつとさせていただきます。
令和8年8月1日
長岡市長
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